ALAIN DELON





本名 Alain Fabien Maurice Marcel Delon
生年月日 1935年11月8日
没年月日 2024年8月18日(88歳没)
出生地 フランス共和国 オー=ド=セーヌ県ソー
死没地 フランス ロワレ県
国籍 フランス
スイス
身長 178 cm

映画館を経営する父と薬剤師の母の元に生まれる。
4歳の時に両親が離婚。
母方で育つが母の再婚相手とそりが合わず、
以降家庭不和から学校でも問題児とされる。
14歳で働き始め、フランス海軍へ17歳で入隊。
除隊後、世界各地を放浪し1956年パリに戻りさまざまな職業に就く。
その後友人から彼の美貌から俳優業を薦められ、
カンヌ映画祭に出向いてみると案の定スカウトマンの目に留まり、
大物プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックとの契約を打診される。
が、それを破棄して
イヴ・アレグレ監督の「女が事件にからむ時」でフランスでデビュー。
1958年「お嬢さん、お手やわらかに!」で日本でも人気が上昇。
「太陽がいっぱい」で爆発的人気を得て大スターへと成長する。
1958年に「恋ひとすじに」の共演者ロミー・シュナイダーと婚約するが、
それを破棄してナタリー・バルテルミー(後のナタリー・ドロン)と結婚。
1964年にハリウッドに渡るものの作品に恵まれずまもなく帰国。
その後「サムライ」などを発表してますます人気を誇る。
1969年にナタリー・ドロンと離婚、ミレーユ・ダルクと同棲する。
その頃、彼のボディガードのマルコヴィッチ殺人容疑が掛かり大スキャンダルとなる。
やがて殺人容疑は晴れ、製作者としても活動を開始。
その後も、「危険なささやき」で監督業に乗り出すなど精力的に活躍。
「真夜中のミラージュ」ではセザール賞主演男優賞を受賞。
1998年、旧友、ジャン=ポール・ベルモンドとの共演で話題を呼んだ
「ハーフ・ア・チャンス」を最後に引退宣言をした。
しかし2000年に復帰しTVドラマを中心に活躍を続けている。
ナタリーとの間に生まれたアンソニー、1990年に生まれたアノシュカ、
1994年に生まれたアラン・ドロン・Jrも俳優になった。

出演作品
(青は未鑑賞作品です)
公開年 作品名
1957 女が事件にからむ時
黙って抱いて
1958 恋ひとすじに
1959 お嬢さん、お手やわらかに!
学生たちの道
1960 太陽がいっぱい
若者のすべて
1961 生きる歓び
素晴らしき恋人たち
1962 太陽はひとりぼっち
フランス式十戒
1963 地下室のメロディー
山猫
1964 黒いチューリップ
危険がいっぱい
さすらいの狼
黄色いロールス・ロイス
1965 泥棒を消せ
1966 名誉と栄光のためでなく
パリは燃えているか
テキサス
1967 冒険者たち
サムライ
悪魔のようなあなた
1968 世にも怪奇な物語
あの胸にもういちど
さらば友よ
太陽が知っている
1969 ジェフ
シシリアン
1970 ボルサリーノ
仁義
栗色のマッドレー
1971 もういちど愛して
レッド・サン
帰らざる夜明け
1972 暗殺者のメロディ
高校教師
リスボン特急
ショック療法
1973 スコルピオ
燃えつきた納屋
ビッグ・ガン
暗黒街のふたり
1974 個人生活
愛人関係
ボルサリーノ2
1975 アラン・ドロンのゾロ
フリック・ストーリー
ル・ジタン
1976 パリの灯は遠く
ブーメランのように
1977 友よ静かに死ね
プレステージ
チェイサー
1978 ナイトヒート
1979 エアポート'80
未知の戦場/ヨーロッパ198X
1980 ポーカー・フェイス/アラン・ドロン・ウィズ・ジャック・ドレー
1981 テヘラン 43
危険なささやき
1982 最後の標的
1983
1984 スワンの恋
真夜中のミラージュ
1985 復讐のビッグガン
1986 デーモン・ワールド
1988 アラン・ドロン/私刑警察
1990 ヌーヴェルヴァーグ
1992 カサノヴァ最後の恋
1995 百一夜
1998 ハーフ・ア・チャンス
2008 アステリックスと仲間たち オリンピック大奮闘



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