SHOW-YA










SHOW-YA(ショーヤ)は、日本女性5人組ロックバンド
1980年代からのバンドブーム、特に女性だけのバンドとしては先駆け的な存在であり、それを牽引してきたバンドの一つである。

現メンバー
寺田恵子 - ボーカル、作詞、作曲(第1期、再結成期)
1963年7月27日生まれ。
千葉県出身。
血液型A型。


中村美紀 - キーボード、コーラス、リーダー、作詞、作曲
1961年9月27日生まれ。
千葉県出身。
血液型AB型。


五十嵐sun-go美貴 - ギター、コーラス、作曲
1962年11月21日生まれ。
神奈川県厚木市出身。
血液型A型。


角田mittan美喜 - ドラムス、コーラス、作曲
1963年12月7日生まれ。
東京都出身。
血液型O型。


仙波さとみ - ベース、コーラス、作曲
1963年8月28日生まれ。
東京都出身。
血液型A型。






元メンバー
ステファニー・ボージャス(Steffanie Borges) - ボーカル(第2期 1991-1997)
Yoshino - ボーカル(第3期 1997-1998)





来歴
ボーカルの寺田とキーボードの中村の所属していたバンド「メデューサ」が前身。
のちにバンド名を「SHOW-YA」に変更する。
1982年、ヤマハ主催のバンドコンテストレディース部門で最優秀グランプリに輝く。
この時には寺田だけが大手プロダクションやレコード会社からソロデビューの話が持ちかけられたことがあったが、寺田は「ソロは嫌。みんなでデビューしたい。」と拒否。
バンドとしてデビューする流れにはなったが、その後6人のメンバーの内、寺田と中村を除く4人が音楽以外の道に進むために脱退する。
その後、メンバー募集によって、角田、仙波、五十嵐が順に加入する。


1985年8月、『素敵にダンシング (Coke Is It)』でデビューを果たす。
しかし、当時は女性だけのロックバンドは珍しくて一般になじみが薄く、ミニスカートを履かせられたり髪を刈り上げられたりと、アイドルバンド路線で売り出されることになった。


1980年代後半、ハードロック路線に戻って自分たちの音楽を追求していたものの、セールスは伸び悩んでいた。
それまで主に作詞を担当していた寺田はそれが自分のせいだと思い、7枚目のアルバム『Outerlimits』制作時、音楽家の安藤芳彦に作詞を依頼する。
その際、寺田は自分の日記を安藤に渡し、それを基に詞を書いて欲しいと頼んだ。
また、このアルバムから笹路正徳がプロデューサーとして参加する。
その結果、アルバムは約60万枚のセールスを記録する。
30万枚を突破した8thシングル『限界LOVERS』や『私は嵐』のヒットも相まって、SHOW-YAのライブ本数やテレビ出演回数は激増する。
さらに1987年から企画・主催を始めた女性アーティストのみを集めた野外イベント「NAONのYAON」では、ガールズバンドの認知度を上げることに貢献する。


1991年2月2日、ボーカル寺田がバンドを脱退する。
多忙を極めたスケジュールにより引き起こされた喉を潰すなどの体調不良と精神的ストレスが原因であった。
残されたメンバーは新しいボーカルにステファニー・ボージャスを迎えて活動を続けるが、1993年頃から活動が凍結状態になり、1997年にボーカルがYoshinoに代わったものの、1998年9月に解散。


2005年、91年に脱退した寺田がバラバラになったメンバーたちのもとを訪れて一人一人に頭を下げ、5年かけてメンバーを説得し再結成を果たす。
以降は数々のライブ活動、寺田恵子はNHK-FMの「私の名盤コレクション」のパーソナリティを務めるなど、精力的に活動を続けて今に至る。






エピソード
バンド名の由来は、居酒屋チェーンの庄や。
前身の『メデューサ』時代、ことごとく音楽コンテストに落選していた寺田と中村は「バンド名が悪い」ということで意見が一致、その時、飲んでいた庄やから名前を取ることにした。
英語にすると『SHOW-YA』で「Show Ya」("Ya"はYou"の口語表現で「ショーをあなたに」「あなたに魅せる」)になるということで決定した。
そういった縁もあり、再結成後の2014年には庄や目黒408店で寺田が一日女将を務めるというコラボ企画も行われた。


現メンバーがそろった当初、設立されたばかりの島村楽器のプロダクション部門に所属していたこともあって、千葉県市川市内の島村楽器寮に5人全員で同居していたことがあった。

寺田、五十嵐は、元プリンセス プリンセスの渡辺敦子、富田京子、SIMBA SALOONの力石理江と女5人組バンド「全日本女子プロバンド(通称:全女バンド)」を結成。
なお、五十嵐は2000年に脱退している。


プリンセス プリンセスとの関係は、SHOW-YAのハード系と比べられ、仲が悪いともうわさされたこともあったが、メンバーとの関係は良好で、お互いのメンバー同士で東京ディズニーランドなどへ遊びに行ったこともあった。
寺田は「(仲が悪いなどという噂は)メディアが勝手に言っていただけ。むしろお互いの対抗意識は全く無かった」と話している。


中村、仙波は、元バービーボーイズの杏子らと女性バンド「ミレニアム・イブ」としての活動もあった。

女性ミュージシャンのみによるロック・フェスティバル「NAONのYAON」はSHOW-YAが中心となって企画されたイベントである。
プリンセス・プリンセスやMINAKO With WILD CATSとしての本田美奈子もこのイベントに出演した事がある。


寺田脱退後、TBS『ギミアぶれいく』の企画で北朝鮮に渡りライブを行ったことがある。
その際にはゲストボーカルとして喜屋武マリーが参加した。


1989年発売のパソコンゲームソフト「BURAI上巻」に音楽を提供している。





ディスコグラフィー

シングル

アルバム

ミニアルバム

ライブアルバム

ベストアルバム

カバーアルバム

映像作品

ミュージックビデオ











Back



Top